政治経済の最前線で進む「ウォーク」論争|分断された世界の未来

1月20日から4日間の日程でダボスで開催された、今年の世界経済フォーラム。その会場でのアルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領の発言は、世界的に広がる反ウォーク派(anti-woke)の勢いを象徴するものでした。昨今話題となる「ウォーク(Woke)」とは、人種差別の撤廃、ジェンダー平等、LGBTQ+の権利、環境保護など、社会的正義を追求する動きを指します。1950年代に人種差別への警戒を表す言葉として使われ始め、2010年代初頭からは、不平等全般に対する意識の高まりを「目覚め(Woke)」と表現するようになり、社会正義運動を示す一般的な用語として広まりました。しかし、この「ウォーク」が過剰に進むことで、企業や公的組織などで適切な判断や自由な議論が阻害されるという懸念が広がり、さらにはこのような動きが逆差別につながると批判する人々もいます。これが反ウォークです。

ミレイ大統領は発言の中で、フェミニズムやウォークを「ウイルス」また「取り除くべき癌」と表現し、世界中のメディアで物議を醸しました。さらに、低迷する経済や伝統的な価値観の変容も、ウォークのような社会正義運動と関連があると言及しました。特に、極端なジェンダー思想は児童虐待と同罪とまで批判し、有罪判決を受けた同性カップルのケースを引き合いに出し「ウォーク・ウイルス」が原因と公言するなど、「ウォーク」の社会への悪影響を主張しました。彼の発言に対しては、アルゼンチン国内で即座に抗議の声が上がり、特にLGBTQ+支援団体からは強い非難が寄せられました。しかし、こうした発言は彼だけに限らず、むしろ世界的な傾向として広がりを見せているのです。近年、多くの政治家やインフルエンサーが「ウォーク」という言葉を侮蔑的な意味で用い、インクルーシブな社会づくりへの努力や革新的な施策を批判することで、「ウォーク」を排除すべき存在として位置付けようとしています。

ウォークの本来の意味と実際のニュアンス

そもそも、「ウォーク」とは何を意味する言葉なのでしょうか?この言葉は、アフリカ系アメリカ人コミュニティで使われる英語の一種「African American Vernacular English」から生まれ、上述の通り、人種差別や制度的な不正義に対する高い意識を指すポジティブな言葉でした。1950年代のアメリカで起きた公民権運動の中で広まり、その後、あらゆる社会的不平等への警戒感を表現する言葉として、より広く使われるようになったものです。しかし近年、「ウォーク」は、DEI推進に反対する目的でネガティブなニュアンスで使われ始め、実際に多くの場面で、否定的かつ軽蔑的な意味で使われることが増えました。

拮抗する保守とリベラル

ギャラップ社の調査によると、2010年以前は、ほとんどのアメリカ人が自らを保守派であると認識していたそうです。しかし現在では、リベラル派と保守派の割合がほぼ同数。このような状況の中、反ウォークは、より革新的な新しい波に対抗する保守側の動きとして、世界中に拡大しています。伝統や秩序を重んじる保守的な思想は、最近ではドナルド・トランプ大統領やイーロン・マスク氏といった著名な人物によって強く支持されています。彼らは、社会正義運動はどれも全て同じと一括りにし、正当な社会活動として認めず、「ウォーク」に関するすべてを極端で過剰な動きとみなしています。彼らの主張は、「ウォークやDEI推進はこれまでの伝統的な価値観や能力主義とは相容れない」という考えに基づいています。つまり、「ウォークの支持者は社会全体の秩序や伝統文化を壊す存在である」という考え方であり、世界がますます分断されつつある今、その影響は拡大し続けています。

ドナルド・トランプが「Awake Not Woke」のスローガンのもと演説

Credit: Vox España, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons


若い世代にも広がる反ウォーク

アメリカでは現在、Google、Meta、Amazonなどの大企業がこぞってDEI推進を撤廃する方向に舵を切り始めています。一方、このような逆風にもかかわらず、よりインクルーシブな社会への努力を続ける個人の人々や組織も多く存在します。しかし、社会変革の推進力である若い世代の間でも、反ウォークの影響を受け、より右派寄りの主張に傾倒する動きが見られます。

では、「ウォーク思想」とインクルーシブ政策は決して「ウイルス」などではないことを、どうしたら人々に理解してもらえるのでしょうか。まず重要なのは、客観的データを明示することです。世界最大手の監査法人、アーンスト・アンド・ヤング(Ernst & Young)の報告書では、DEI戦略は確実に企業のイノベーションを起こす取り組みであり、高い生産性や経済成長への重要な推進力であることが示されています。多様性を重視する企業は有能な人材を惹きつけるだけでなく、より強く優秀なチームを構築することが可能です。根拠のあるデータを示し、インクルーシブ施策の利点をしっかりと強調していけば、私たちは「ウォーク」という言葉の本来の正しい意味を社会の人々に再定義し、活発で意義のある議論を展開することが可能となるのです。

マーシャ・ファッジが「Stay Woke Vote」のTシャツを掲げる

米国の公共政策のリーダー「マーシア・ファッジ」氏  Credit: Marcia Fudge, Public domain, via Wikimedia Commons

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)


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