Credit: US Department of Education, CC BY 2.0, via Flickr
世界中の多くの国と同様に、アメリカでも子どもへの教育は義務とされています。しかし、平等な教育機会は保障されていても、受けられる教育のレベルや内容までが公平とは限りません。現在、州ごとに多少の違いはあるものの、およそ5歳から18歳までの就学が義務づけられており、子どもたちは少なくとも10年以上を公教育制度の中で過ごします。現実には、その教育の質には地域によって大きな差があり、「郵便番号を見れば、そこに住む子供がどのような教育を受け、どのような将来を歩む可能性が高いかを予測できる」と言われるほどです。
その背景には、公立学校の財源の仕組みがあります。州政府や地方自治体は、学校運営の財源を主に地域の固定資産税に依存しています。そのため、住宅価格の高い地域ほど教育に使える資金は潤沢となり、低所得地域では十分な資金を確保しにくい実情があります。つまり、居住地の経済状況がそのまま教育条件に反映されるといっても過言ではありません。教育格差は偶然に生じているのではなく、制度設計そのものに根ざしていると言えます。
アメリカの公立学校が抱える二重の負担
地域間の財政力の差は、学校現場に直接的な影響を及ぼしています。低所得地域の公立学校では1クラスあたりの生徒数が多く、スクールカウンセラーなどの支援スタッフや有資格教員が不足しているケースも多く見られます。また、使われる教材も古く、校舎設備の老朽化も慢性的な問題となっています。
それにもかかわらず、公立学校には、障がいのある子ども、言語や学習面で支援を必要とする子どもを含め、すべての生徒を受け入れる法的義務があります。学校内で十分な支援が難しい場合は学区外のサービスを利用することになりますが、その費用も公立学校が負担しなければなりません。この仕組みによって、支援を必要とする生徒を多く受け入れる学校ほど、財政的にさらに厳しくなる構造が生まれています。このままでは、不平等が是正されるどころか、むしろ拡大してしまうことが懸念されます。

貧困度別に見た生徒1人当たり支出額の比較(2017年)
(紺色:全国テストの平均点達成に必要と推計される支出額、水色:実際の支出額)
Credit: The Adequacy and Fairness of State School Finance Systems, Second Edition (Baker, Di Carlo, and Weber 2020), via Economic Policy Institute
住む場所すら制限した歴史が現代の教育を阻む
学校間の資金格差の背景には、人種や所得によって居住地が分断されてきた歴史があります。その中で、過去には低所得層や有色人種の人びとの資産形成を阻害した制度が存在し、現代の格差にも深く結びついています。具体的には、かつて銀行などが黒人居住地域に地図上で赤線を引き、黒人は融資対象として「高リスク」であるとして、住宅ローンの融資を拒否した時代がありました。「レッドライニング(Red Lining)」と呼ばれるこの差別的な当時の慣行は、黒人やヒスパニック、低所得層の家族が貧しい地域から出られない状況を生み出し、彼らが持ち家を取得したり、資産を築く機会を大きく制限してきました。レッドライニングは後に違法となりましたが、その余波は今も見受けられます。
近年は地域の再開発が進み、低所得層が暮らしてきた地域に高所得層が流入して家賃や地価が上昇する、いわゆるジェントリフィケーションも広がっています。その影響で、社会的に弱い立場のコミュニティは住む場所を追われ、転居を余儀なくされる事例が各地で確認されています。こうした状況が重なり、低所得層への良い教育や経済的な自立の機会は益々遠のくこととなりました。地域ごとの税収基盤はこのような環境で形成され、その結果として、公立学校への配分に大きな影響を与えるのです。
学校や家庭の経済格差は、新型コロナウイルスのパンデミックにおいて露呈し、格差は更に拡大していきました。財政的に余裕のない学校では、当時リモート授業に必要な機器や通信環境を整えることができず、対応できる人員や技術的支援も不足していました。また、低所得層の18%は自宅にインターネット環境がなく、遠隔授業が実施されても多くの生徒が参加できない学校もありました。このデジタル環境の格差は、人種や経済状況による教育の不平等をさらに広げ、従来から教育財政や住宅制度に根づいてきた構造的な格差を一層深めています。
裕福さに左右されない教育を
そのような中、カリフォルニア州では、すべての公立学校に基本的な基礎資金を配分する一方で、特に支援が必要な生徒の人数に応じて追加的な資金を加算していくなど、格差是正に重点をおいた配分方式が導入されてきました。教育財政改革に取り組む州は他にもあり、所得による教育格差が縮小する事例は増えたものの、人種間の格差を根本から解消するには至らず、場合によっては不平等が悪化したケースもあります。
不平等な教育成果を「やむを得ないもの」と受け入れてしまうと、その背後にある制度設計上の問題は見えにくくなります。アメリカでは今なお、教育の機会は人種や所得、居住地域と強く結びついています。公立教育の財源の仕組みが裕福な地域に有利に働く限り、貧困を抱える地域は不利なままです。より大きな支援を必要としている低所得層や有色人種の人びとが多く暮らす地域では、学校の予算や人員の不足が一向に改善されません。
教育の不平等によって、厳しい環境にある子どもたちは将来の選択肢をますます狭められる一方で、恵まれた立場にある子どもたちはその可能性をさらに広げていきます。だからこそ、本質的な改革には資金配分の見直しだけでなく、人種的不平等を生み出してきた住宅制度の問題や、富の偏在そのものに目を向けることが不可欠なのです。教育を真の公共財とするためには、制度全体の再設計が求められています。

Credit: Harrison Keely, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
ゲストライター E. Takamuraによる寄稿
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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