我慢の末の「静かな退職」|最低限しか働かない従業員の真意

会社への愛着や誇りを背景に、従業員がどれだけ主体的に仕事に関わり、貢献しようとしているかの度合いを、最近では「従業員エンゲージメント」という指標で測ることが増えています。2025年には、この従業員エンゲージメントの低下による生産性の悪化が原因で、世界経済は約4,380億ドルもの損失を被りました。

アメリカは、停滞する雇用市場に加え、希望する収入や労働条件に見合わない形で働かざるを得ない「不完全雇用」の労働者も多く、失業率の上昇と合わせ、働く人々に大きな不安をもたらしています。たとえ職に就けたとしても、職務内容、組織や上司からの扱いに不満を抱えながら、転職せずに同じ職場にとどまる人も増えています。

こうして仕事への満足度は下がり、それと連動して従業員エンゲージメントも低下します。実際、仕事に満足していると答えた従業員は、35歳以上で21%、35歳未満でも22%にとどまっています。

我慢が限界を超えゆっくりと蝕まれる心と体

不満を抱え、仕事への意欲を失った従業員が多い職場は決して望ましいとは言えません。さらに、景気や雇用環境の厳しさから「ここで働き続けるしかない」という心持ちで従業員が働くような状態では、その組織の存続すらも危ぶまれます。

クワイエット・クラッキング(Quiet Cracking)とは、従業員が仕事の重圧や不満で精神的に追い詰められ、限界を感じながらも表面的には通常通り働き続けている状態を指します。燃え尽きる一歩手前とも言える段階で、静かに心身が蝕まれていく状態でもあり、キャパシティを超えるほどの不満や不安を抱えていても、自分を奮い立たせて「無理して働き続けるエネルギー」が残っている点が特徴です。

職務内容以外は一切行わない従業員の選択

こうした状況を背景に、近年「静かな退職」(クワイエット・クイッティング:Quiet Quitting)という行動が従業員たちの間に広がりつつあります。これは就業規則や契約のルールを極端に細かく守る働き方で、退職こそしないものの契約範囲の最低限の仕事しかせず、意図的に業務スピードを鈍らせることを意味します。2023年には、アメリカの労働者の約半数がこの「静かな退職」の状態にあるという調査報告もあり、物議を醸しました。同じく、規則を厳密に守る行動として「ワーク・トゥ・ルール(Work to Rule)」がありますが、こちらは労働条件の改善を求めるために労働組合などが主導する集団的な抗議行動である点が大きく異なります。「静かな退職」は、個人が静かに仕事との距離を取り、心身を守ろうとする行動です。

これはまた、不公平なマネージメントを行う上司や働きにくい職場環境、不十分な賃金や人手不足への抗議として現れることもあります。「静かな退職」の状態にある従業員は、始業時刻より前に出勤することはなく、定時になれば早々に退勤します。勤務時間外や個人のスマホでの業務連絡には一切対応せず、業務中も必要最低限の仕事だけをこなし、改善やイノベーションにつながる自主的な努力は行いません。

「静かな退職」の特徴は、就業規則や契約に違反するわけではないため、懲戒処分や解雇のリスクを回避しつつ、職場に対する不満を示せる点にあります。そのため、改善が見込めない職場環境にある従業員にとっては、有効な自己防衛手段となることもあります。たとえば、不公平な業務配分が常態化している職場や、「無能の武器化(Weaponized Incompetence)」により女性やマイノリティの従業員に負担が集中するような環境では、追加業務を引き受けない姿勢が自己のストレス軽減につながることもあります。

従業員エンゲージメントが過去最高を記録した後に低下していることを示すグラフ

Credit: 従業員エンゲージメント:高止まりからの停滞と低下傾向                State of the Global Workplace 2025 via Gallup


上司によって変わる部下の意欲とパフォーマンス

「静かな退職」やクワイエット・クラッキングに陥る人は、決して怠け者でも無能でもありません。むしろ、これはマネジメントの質の低さや、従業員の意欲を引き出す企業文化が欠如していることの表れと考えられます。

ハーバード・ビジネス・レビューによると、職場で良好な人間関係を築いている管理職の下では、従業員の62%が「期待を超える仕事をしたい」と回答し、「静かな退職」状態の人はわずか3%にとどまりました。これとは対照的に、マネジメントへの信頼が乏しい職場では、従業員の組織への貢献意欲も大きく低下します。同調査では、評価の低い管理職の下で「期待を超える仕事をしたい」と答えた従業員は20%にとどまり、「静かな退職」の割合は14%に達しています。

従業員の不満が限界を超え、「静かな退職」となる事態を防ぐために、組織が最優先で取り組むべきは、強いリーダーシップの発揮と、職場における前向きな人間関係の構築です。まだ耳慣れない言葉と感じるかもしれませんが、その本質は、従業員エンゲージメントや生産性、上司と部下の関係性といった長年の課題と重なります。不安定な雇用環境の中で「静かな退職」が注目される今、経営者には単なる管理者としてではなく、自らの価値観を体現し、人を導くリーダーとして行動することが求められています。未来の職場は、そんなリーダーの手にかかっています。

散らかったデスクに座り、仕事への意欲を失っている様子の女性

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)


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