セックスとジェンダーの違いとは|安全と尊厳のはざまで

Credit: Ted Eytan, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons


「性別による分離」とは、仕事や教育、空間、役割などを、男女という性別に基づいて分けることを意味します。トイレや更衣室、女性専用車両など、日常には性別で線が引かれる施設やサービスが様々存在し、人々はごく自然に「男性」、「女性」によって振り分けられます。こうした分離は、プライバシーや人としての尊厳、安全を守るために必要だと一般的には言われます。

とりわけ女性専用のスペースは、性暴力の被害を経験した人にとって、危険から守られている安心な場所でもあります。性に関するトラウマがあると、自分の安心領域が侵されることに、強い不安や反発の感情を抱くためです。しかし議論の焦点が、安全やプライバシーの確保から、「誰を女性とみなすのか」という定義の問題へと移ると、論点は次第に混線していきます。

マイノリティの中の分断

こうした議論の中心になることが多いのが、TERF(ターフ:Trans-Exclusionary Radical Feminists)と呼ばれる人々です。TERFとは、トランス女性を女性として認めず、彼らは女性専用の空間に入るべきではないと主張する立場を指します。このトランスジェンダー排除の考え方は特定の層に限られたものではなく、LGBTQ+コミュニティ内部にも見られます。近年では、この思想を背景に、女性という概念を厳密に生物学的な定義のみに限定し、トランス女性を法的保護や公共空間から排除しようとする政治的な動きも出ています。

2025年4月16日、イギリス最高裁判所は、平等法(Equality Act)における「性:Sex」は「出生時に割り当てられた性と解釈すべき」との判断を示しました。アメリカでは州ごとに制度が異なるものの、公共トイレの利用は出生時の性別に基づくとする州法、いわゆる「バスルーム法(Bathroom Bills)」も存在します。これらの制度は、トランス女性やトランス男性に直接影響を及ぼすだけでなく、染色体や性器など、男女の典型的な性的特徴が生まれつき当てはまらない「インターセックス」の人々にとっても、深刻な問題となっています。

米国の生物学上の性別に基づいたトイレ使用を命じる法を州ごとに示した地図

出生時の性に反する公共施設利用の禁止状況(赤:すべての政府施設で禁止/茶:学校および一部政府施設で禁止/オレンジ:学校のみ禁止/黄:禁止なし/「!」:赤は刑事罰あり、黄は性の定義により実質的制限の可能性あり)                     Credit: Equality Maps: Bans on Transgender People’s Use of Public Bathrooms & Facilities According to Their Gender Identity, via LGBTmap.org


制度と現実の間に生じるズレ

議論の核心は、「Sex(セックス:生物学上の性)」と「Gender(ジェンダー:社会的な性)」の違いにあります。セックスは通常、出生時の生殖器の形状に基づいて割り当てられる、生物学的な区分を指します。一方ジェンダーは、文化や社会の価値観の中で形づくられる自己認識や、社会の中で周囲がどう見るかといった概念であり、生物学だけでは説明できません。

つまり、人が自分自身をどう理解して表現し、人がそれをどのように受け止めるかという側面を持つのが、ジェンダーなのです。セックスとジェンダー、この2つの概念の区別が重要なのは、制度上では生物学的な性を基準に空間が分けられていても、実際の運用では外見やジェンダー表現によって周囲から判断されることが多いためです。こうして、制度上の区分と、外見的判断による実際の運用の間に、矛盾が生じます。

その結果、トランスジェンダーの人々が法律に従い、出生時の性別に基づいて公共トイレを利用すると、今度は「バスルーム・ポリシング(Bathroom Policing:トイレ利用時の監視)」を受けやすい状況が生まれます。これは、利用者がその施設を定められた性別区分に従って利用しているかどうかを周囲が監視し、ときに排除しようとする動きを指します。

トランス男性には女性用トイレを、トランス女性には男性用トイレを使用するよう求める「バスルーム法」のもとで、見た目を理由に利用を拒まれたり、言葉による嫌がらせや身体的、性的暴力を受けたりする事例が報告されています。また、出生時の性別と性自認が一致する「シスジェンダー」であっても、従来の「女性らしさ」「男性らしさ」の基準に当てはまらない外見であるという理由で疑われ、標的となるケースもあります。

@jamieraines

Trans inclusive bathroom policies are literally safer for EVERYONE. #trans #jkrowling #transbathroom

♬ original sound – Jamie Raines

誰のための「安全」か

もし空間を厳格に性別で分け、それを正当化する根拠を「安全の確保」に求めるのであれば、その安全は誰のためのものかを問い直す必要があります。実際には、こうした政策が人々の間の対立や不安を強めている側面もあります。プライバシーや尊厳の保護を目的とするのであれば、他者への疑いや詮索を前提とした監視的な運用によってそれを実現しようとするのは、本末転倒と言えます。

たとえ性別による分離そのものに一定の合理性を認めるとしても、それが本当に安全性の向上につながっているかどうかは検証が必要です。個人を監視し、トイレを性別確認の場にするのではなく、設計の工夫によって安心感を高める方法もあります。たとえば、より個室感があり、しっかり鍵がかかる設備や、床から天井まで仕切り壁のある個室空間、性別で分かれた複数の共有トイレではなく、一室ずつ単独で利用できるトイレの拡充などは、誰かの尊厳や権利を損なうことなく、安心な環境を作る手段となります。

しかし現実には、外見に基づいた取り締まりのような監視行動が多く見られ、マイノリティへの嫌がらせが後を絶ちません。人々を守ることを目的とした取り組みの結果、かえって対立が激化しているのであれば、もはやそこに正当性はありません。安全の名のもとに排除や萎縮が広がっている現状を前に、私たちはいま、社会が本当に守ろうとしているものは何なのかを問い直す必要があります。

トランスフラッグのデザインで「トランスの権利は人権だ」と書かれた抗議サイン

Credit: Gabriel Dalton via Unsplash

ゲストライター K. Kanliによる寄稿

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)


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