ナチス政権下、ベルリンで行われた焚書の様子
Credit: United States Holocaust Memorial Museum, Public domain, via Wikimedia Commons
19世紀から20世紀初頭にかけて、西洋諸国が植民地支配を拡大した時期に、「第3の性」を持つ人々は厳しい弾圧を受けました。その時代から、有色人種のトランスジェンダーが闘ったストーンウォール暴動に至るまで、トランスジェンダーへの嫌悪や偏見、すなわち「トランスフォビア」による排除の動きは、人種差別や白人至上主義と深く絡み合ってきました。アメリカのトランプ政権は、大統領令を通じてトランスジェンダーの排除に踏み切りましたが、こうした政策は過去にも繰り返されてきたもので、決して新しいものではありません。ただ、彼の政策は社会に大きな反発と過剰な反応を引き起こし、その混乱を利用して、支持者層の結束を強める結果となったのです。
クィアを脅威とし弾圧してきた歴史と現在
この弾圧の手法は、第二次世界大戦中にナチスが「ドイツ的価値観」を守るために用いた手段とよく似ています。当時のナチスは、思想統制のために大量の書物を焼却しました。その中には同性愛やトランスジェンダーに関する書籍、そして世界で初めて性別適合手術を行った「性科学研究所(The Institute of Sexual Studies)」に所蔵されていた書物も多く含まれていました。ジェンダー・ノンコンフォーミティ(性別不適合)や同性との性的関係について論じたユダヤ人性科学者、ヒルシュフェルトの書も、その際に焼却されてしまったといいます。ナチスの目には、クィアと呼ばれる「LGBTQ+を含む性的マイノリティの人々」の存在が、ドイツ人が築いてきた価値観への脅威と映っていたのです。

ドイツの著名な性科学者、マグヌス・ヒルシュフェルト
Credit: Wellcome Images, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
ナチス政権下のドイツと同じように、今日のアメリカでは、同性愛カップルやジェンダー・ノンコンフォーミティに関する書籍を撤去する公立図書館が増えています。クィアの人々が社会的、政治的に認知されていくことは未だに白人の価値観への脅威と捉えられ、それを排除することは「白人の子どもたちと白人の未来を守るため」に必要だと考えられているようです。
トランスジェンダーの存在に怯える白人社会
オンラインニュースサイト「Truthout」によると、上述のような社会の過剰反応は、中絶の権利をめぐる闘いの延長線上にあるとのことです。個々の性自認を支持し、性別適合手術などを行う「ジェンダー肯定医療(gender-affirming care)」は、「人間が持つ生殖能力」への脅威と考えられているためです。Truthoutは、この考えは「白人の人々とその子どもの未来を守ること」を最重要視するネオナチのスローガン、「14-Words」(※1)に酷似していると指摘します。こうした反トランスジェンダー政策の根底にあるのは、「生まれた時の性別と自己の性自認が一致しているシスジェンダーの白人カップルが、シスジェンダーの白人の子どもを産む」というこれまでの価値観を大きく変えられるかもしれないという恐怖です。そのため、彼らは「シスジェンダー且つ異性愛者である白人の価値観」を守り、自分たちの子どもを「トランスジェンダーになってしまう」ことから救おうとしているのです。これは、白人至上主義者が「有色人種や移民が増加することで白人社会が消滅する」と考える「グレート・リプレイスメント」理論が、現実になってきているという考えに基づくものです。
トランスフォビアと人種差別から弱者を守る
現在、トランスフォビアと人種差別は複雑に絡み合い、2024年に開催されたパリオリンピックをはじめ、女子スポーツ界では顕著に表面化しています。この大会では、シスジェンダーの女性ボクサー、イマネ・ケリフ選手がわずか一発のパンチで勝利を収めましたが、その功績を伝えるニュースには、反トランスジェンダー的な見出しが躍る結果となりました。AP通信によると、多くの人が彼女をトランスジェンダーではないかと疑い、この出来事はトランス女性の女子スポーツ参加制限への動きに利用されたということです。ケリフ選手のように、有色人種でたくましい体格や白人基準の美しさとは異なる容姿を持つ女性アスリートは、これまでもトランスフォビアの標的とされてきました。実際、試合の場では性別に関する生物学的証明を求められることが少なくありません。特に南半球の発展途上の国々「グローバルサウス」出身の女性アスリートたちは、他国の白人選手よりも厳しい性別検査を受けることが多く、現在のジェンダー規範が「白人の価値基準」に基づいていることがよく分かります。
トランスジェンダーと人種的な問題は互いに深く結びついていますが、その複雑な状態を理解することは、よりインクルーシブな視点を築く上で不可欠です。この新たな視点を持つことで、反トランスジェンダー法がいかに人種差別を助長するものかをより明確に理解し、反対の声を強く上げることが可能になります。最終的に、それがよりインクルーシブな世界の実現へとつながっていくのです。

ボクシングのイマネ・ケリフ選手が出場したパリオリンピックの試合 Credit: Chabe01, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
(※1)白人至上主義者やネオナチが使うスローガンで、「We must secure the existence of our people and a future for white children(私たちは白人コミュニティの存在と白人の子どもたちの未来を守らなければならない)」を意味する。文中に含まれる単語の数が14であることから、「14-Words」と呼ばれている。
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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