出版業界には、2024年の今もなお、性差別や偏見が色濃く蔓延しています。意識的・無意識的に関わらず、読者が女性作家から連想する書物のジャンルにはかなり偏ったイメージがあり、これは昔から今でも続いています。文学界では、ロマンスのジャンルは「女性的」、サイエンスフィクションやスリラーは「男性的」、というのが読者の一般的なイメージです。このような偏見に基づいて作品が評価されることを嫌い、女性作家の多くはイニシャルを使ったり、男女共通の名前をペンネームにすることで性別の見分けがつかないようにすることが多々あります。これは作家の性別と結びついた作品イメージに影響されることなく、女性作家が様々なジャンルの作品を発表し先入観なく読者に評価してもらうためです。
ペンネームの歴史:ブロンテ姉妹から現代まで
女性作家はこれまでも、男性中心の文学界で性別に関係なく評判を得られるよう、男性とも女性ともとれるペンネームや、敢えて男性の名前で作品を発表してきた歴史があります。例えば、19世紀イギリスを代表するブロンテ姉妹は「カレル・エリス・アクトン・ベル」という男性的なペンネームを用いていましたし、イギリスの著名な作家メアリー・アン・エヴァンスは「ジョージ・エリオット」、「若草物語」で有名なアメリカのルイザ・メイ・オルコットは「A.M. バーナード」と、性別を敢えてあいまいにしたペンネームで執筆していました。女性作家がこういった対策を講じることで、冒険物や政界の舞台裏を描くストーリー、また複雑な人間模様を題材にした作品などを、人々の先入観など気にせず執筆することが可能となりました。そうやって書き上げられた作品は、先入観という色眼鏡で見られることなく出版され、読者の手に渡っていったのです。

1840年代当時に出版された、ブロンテ姉妹の小説本カバー。左からそれぞれ男性的なペンネーム「エリス・ベル」「アクトン・ベル」「カレル・ベル」が用いられている。
時代は21世紀となり性別への固定観念は変わりつつありますが、女性作家が男性名のペンネームや敢えて性別が断定しにくい名前で出版するという慣習は、今でもこの業界で続いています。例えば、現代アメリカのSF作家C.S.フリードマンは読者の先入観を試すため、性別を敢えて曖昧にし、執筆活動を行っています。「ハリー・ポッター」の作者は出版社からの提案で、「J.K.ローリング」というイニシャルを使ったペンネームを使ったことで、少年層の読者から支持を得ました。一方で、男性作家がロマンスのような「女性的」とされるジャンルで執筆する際には、作品が偏見や誤解を伴った評価を受けないよう、中性的あるいは女性的なペンネームを使うこともあります。
ペンネームを巡る様々な背景と試み
ペンネームを使用することは、性別に関する偏見だけでなく、周囲の様々な固定観念から自身と作品を守る意味でも効果的です。中国系イギリス人作家のスイ・シン・ファーは、移民の家族やアジア系コミュニティの視点から作品を描き、白人が中心の文学界で独自の主張を展開しました。彼女はこのペンネームで、彼女自身の中国系コミュニティから排除されることなく、社会問題を真正面から取り上げました。
近年ではこういった業界の傾向とは逆に、本名を前面に出す作家も出てきました。「Reclaim Her Name Campaign(本名を取り戻そうキャンペーン)」は、男性名で出版された古典作品を女性作家の本名で再出版し、彼女たちの作品を改めて評価しようとするプロジェクトです。しかし、このキャンペーンはペンネームの背後にある複雑な事情を単純化してしまい、問題を見えにくくしているとの批判もあります。それは、多くの女性作家にとってペンネームは抑圧の象徴ではなく、作品を発表するためのしたたかな戦略であり、自身の作品を世に送り出す力を与えてくれる存在だったからです。
読者中心に変わりつつある社会認識
出版業界に残るジェンダー格差への関心は、近年、ソーシャルメディアや読者側の意識の変化により更に高まりを見せています。「Goodreads」や「BookTok」のように、読書家たちが本をレビューするためのプラットフォームが出現したことも大きく影響しています。こういった最近の読者コミュニティでは、女性作家の視点で描かれるストーリーや視点の豊かさに目を向け、性別への先入観や偏見を捨て、純粋に興味のある「ジャンル」で様々な本を探してみることを勧めています。読者と作家を繋ぐこのようなネット上のコミュニティにより、女性作家に対する読者側の思い込みも徐々に薄れ、その結果、読者は出版界に対し透明性とインクルーシブな方向性を求めるようになりました。出版業界における多様性推進の声が強まる中、女性作家たちは脈々と続いてきた業界の風習とジェンダー格差を打破し、男女の性別など無関係な作品表現と公平な評価を求めています。
このような変革が少しずつ進んではいるものの、ペンネームやイニシャルの使用は、性別への偏見や業界の従来からの常識に基づいた複雑な問題として今も続いています。今後は、作家の性別と作品やジャンルは無関係であるとの正しい認識が広がり、未来の作家たちが自らのアイデンティティを隠さず執筆活動を行い、公平な評価を得られる時代が来ることが望まれます。本来であれば、才能と創造性を自由に思う存分表現し、誰もが本名で堂々と作品を発表できる社会が理想です。そうすれば、誠実さと多様性が重視される今の時代、すべての作家にとって惜しみなく才能を発揮できる文学界に変わることができるでしょう。
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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