ここ何十年もの間、アメリカの医療は「人種」を基準にした診断のもと、腎臓病や肺疾患などに対して様々な治療が行われてきました。「黒人の肺機能が低いのは人種的特質であるから治療対象ではない」という誤った前提のもとで診察が進められてきた事実もあり、実際に何十万人もの黒人の患者が正しい診断をされずにいました。そのため、時には障害給付金も支給されず、治療すらまともに受けられないような理不尽な処遇を味わってきました。現在、医療の世界ではこのような「人種により診断基準が変わる医療」の問題が広く認識されつつあります。
黒人に不利な医療アルゴリズム
マサチューセッツ内科外科学会による医学誌「New England Journal of Medicine」の研究によれば、人種に影響を受けない中立的な臨床アルゴリズム(診断や治療の手順書)を使用することで、50万人以上の黒人の患者が肺疾患の診断を正確に受けられるようになったとのこと。また、同研究は黒人退役軍人に障害給付金として追加で10億ドルが支給されるべきとも結論付けています。更に「JAMA Surgery(外科医学分野における権威ある国際的な学術雑誌)」の報告では、腫瘍の摘出手術において、より体への侵襲性が低い、効果的な方法を黒人の治療に採用することにもつながっているそうです。以前は、データが意図的に改ざんされることも影響し、医師達は黒人患者の肺を大きく切除することに対して抵抗はありませんでした。ところが人種という枠を外すと、外科医は切除範囲をより小さくする傾向が見られたのです。一方で同誌は、侵襲性が低い手術が必ずしも癌を治すとは限らないことも同時に言及しています。
医療における人種差別の歴史
ところで、なぜこれまで黒人は「肺機能が低い人種」として、治療の必要性が低いとされてきたのでしょうか?それは、スパイロメーター(患者が息を吹き込んで肺機能を測定する医療機器)が導入された頃に始まったと考えられます。ランディ・ブラウンの著書「Breathing Race into the Machine」によると、それは19世紀半ばに遡ります。アメリカ建国の父の一人であるトーマス・ジェファーソンは、黒人は肺機能が低いと主張しました。さらに、プランテーション(大規模農園)で働く医師で奴隷を所有していたサミュエル・カートライトは、スパイロメーターを使った実験を行い、黒人には20%の肺機能欠損があるとの結論を出しました。あろうことかこれらの結果は、「黒人は白人より劣った存在である」というプルデンシャル生命保険会社、主任統計学者フレデリック・ホフマンの主張を後押しし、当時蔓延っていた差別的考えを更に助長するために利用されたのです。また、星座の図示に尽力し、アメリカで最初の天文学博士号を取得したベンジャミン・グールドも、南北戦争に参加した白人と黒人兵士を対象にした研究を行いました。しかしながらその研究には年齢や身長、労働・生活環境などは考慮されておらず、研究データは不正確で信頼性に乏しかったものと思われます。
不公平の是正と前進への道筋
ハーバード医科大学(HMS)は、「人種的公平性を重視した医療」にも欠点はあるものの、診断としてはより正確で治療への意味があるとしています。アメリカの医療界においてもこのことは徐々に認識されており、人種に紐づけられた不公平な医療を改革しようとしています。実際、その情報の不正確さや問題点が次々と明らかになっているのを、これ以上無視できない状況なのです。どれだけの病院が現在こういった改善を行っているかは分かりませんが、一部の検査は切り替えが容易に行えないという問題もあり、一気に改革が進まない状況もあります。上述のハーバード医科大学によりますと、一部の医師は自分が使用しているスパイロメーターが人種による診断に繋がっていることを意識していないケースもあるそうです。また国立医学図書館によると、一般的に使われているスパイロメーターは使用時に人種などの情報を入力するのですが、この機械を使う医療従事者はこのこと自体が人種による医療差別や格差を生み出しているなどとは全く考えずに作業を行っているとのことです。
現在は、診察中に人種に関する質問が医師からあった際、患者側から細かく突っ込んだ質問をするよう推奨されています。これは、患者がなぜその質問をされるのかを納得の上で理解し、医師と患者の間でより有意義で治療に役立つ対話を行うためです。医療界もまた、古き悪しき慣例を大きく変革する時が来ました。これまで当たり前に続いてきた医療の人種差別が、1日でも早く解消されることを願います。
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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