連邦保安官たちに守られ下校する幼いルビー・ブリッジズ
数々の大会で金メダルを獲得し、世界的に知られるアメリカの体操選手、シモーネ・バイルズ。四大大会すべてを制覇する「グランドスラム」最多記録を持つ、テニス界のレジェンド、セリーナ・ウィリアムズ。そして歌姫ビヨンセ。昨今、彼女らのような地位を築き、脚光を浴びる黒人女性が次第に増えてきました。しかし、ここまでには多くの黒人女性たちの苦難に次ぐ苦難の歴史があるものの、私たち黒人女性の今の生活がその上に成り立っていることに思いを馳せる機会は、あまりありません。そして黒人たちの苦労と成功を描いたヒット作品はこれまでにも数々あり、2016年公開の映画「Hidden Figures(邦題::ドリーム)」はNASAで働いた3人の黒人女性が主人公として取り上げられました。また2021年公開の「King Richard(邦題:ドリームプラン)」ではテニスのウィリアムズ姉妹の父でありコーチであった父、リチャードの人生が描かれています。いずれも実話に基づいた物語ですが、実際の歴史や出来事は、そう簡単にまとめられるものではありません。
黒人初のウィンブルドン
偉業を成し遂げた黒人女性の中で最初に紹介したいのは、1951年7月に黒人女性として初めてウィンブルドン選手権に出場したアルシア・ギブソンです。これは実に「黒人として初めて」の出場でした。それまで長年にわたり、アルシアは白人限定のカントリークラブでの大規模大会への参加を許されませんでした。ところが1930年代に女子テニス界のトップであったアリス・マーブルが彼女の支援に回ったことがきっかけとなり、晴れて参加が実現したのです。アルシアは惜しくも3回戦で敗退しましたが、6年後には黒人として初めて、オール・イングランド・クラブでのタイトルを見事獲得しました。

政治的なパワーを発揮した黒人女性たち
その力強い行動力と政治戦略で一目置かれるのは、「マルーンのナニー(Nanny of the Maroons)」と呼ばれる黒人女性、ジャマイカの国民的英雄です。彼女はガーナからジャマイカに奴隷として強制的に移送された実在の人物ですが、本名など詳細な素性はわかっていません。彼女は奴隷制度から逃れたアフリカ系奴隷の共同体「ジャマイカン・マルーン(Jamaican Maroons)」を率い、1720年にイギリス軍に対しゲリラ戦を展開しました。マルーン軍は奴隷制への徹底した抵抗を示し、その後6年にもわたる戦闘を経て、遂には和平条約まで漕ぎ着けるに至りました。
政治と教育の分野では、アシャンティ帝国のリーダーだったヤー・アサンテワが挙げられます。アシャンティ帝国は、現在のガーナにあたる地域に17世紀から20世紀初頭まで存在した強力な西アフリカの国家です。1896年、イギリスは王国のゴールデン・スツールを奪うため、アシャンティ王を追放しました。ゴールデン・スツールとは、アシャンティ王国の象徴的な「王座」であり、非常に重要な文化的・精神的遺産です。この黄金の椅子にはアシャンティ民族全体の魂が宿っていると信じられており、決して地面に置かれることなく、特別に選ばれた者だけが持ち運ぶことが許される極めて神聖な存在でした。そのゴールデン・スツールを守るべく、ヤー・アサンテワは王母として、アシャンティ軍の司令官として武器を取って抵抗しました。この戦いは1900年3月から9月まで続き、結果的にはイギリスが勝利しアシャンティ帝国はイギリス保護領に下ったものの、イギリス軍が数千の部隊と重砲を追加投入するに至るまでの戦いを展開しました。
比較的最近では、1960年にわずか6歳でアメリカの市民権運動家となった、ルビー・ブリッジズがいます。彼女は白人のみの学校に通学した、初の黒人児童です。当時は既に人種隔離は違法でしたが、彼女は通学を妨害する罵声や脅迫にさらされながらも、学校まで連邦保安官の護衛を受けながら通いとおしました。
認識の遅れの中でも見られ始めた「進歩」
アメリカでは、毎年4月に開催される「黒人女性の歴史月間」のような取り組みがありますが、これは黒人女性の歴史的な貢献や功績を称えることを目的としています。この期間中には様々なイベントや活動が行われ、現在の課題についての議論やワークショップなども盛んに催されます。こういった活動は次世代のより良い未来を考えるとても良い機会となっており、既に多くの国や機関が公平性推進のための法律や制度を施行し始めています。アメリカで1964年に制定された公民権法では、人種、性別、宗教、または肌の色に基づく差別が禁じられています。またイギリスの2010年の平等法では、年齢や性別など主に9つの項目に関する差別を禁止、人種に基づく差別もこれに含まれました。2003年に制定された南アフリカの「Broad-Based Black Economic Empowerment Act」という法律も、黒人女性を重要な意思決定に参画させることを目指しています。しかし、これらはまだ変革の序章に過ぎません。
今回登場した女性たちは、男性中心の世界で目覚ましい活躍を見せ、特に黒人女性が進出することが少ないとされてきた分野において、時として命を懸け力強く立ち向かいました。現在でも、黒人女性は他の人よりたとえ倍の努力をしても、依然として十分な評価や報酬が得られないのが実情です。「黒人女性の歴史月間」であるかどうかにかかわらず、黒人女性たちが他の人々と同様、日常的に公正な評価をされる日が早く来ることを願っています。
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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