信仰の強制をまねく聖書必修化|米公立学校の多様性なき教育

アメリカでは今、公立学校をめぐる教育環境が、確実に変わりつつあります。 その変化を主導しているのは、キリスト教の教えと保守政治を結びつけた、いわゆる宗教右派と呼ばれる勢力です。彼らの関心は、教育の質を向上させることよりも、多様性を重要視するDEIの排除とキリスト教の影響力を学校教育に浸透させることにあるように見えます。そして、こうした方針が持つ意味や妥当性を疑問視する声も上がっています。

揺らぐ建国以来の政教分離 

アメリカは建国当初から、憲法修正第1条に「政教分離」の原則を明記してきました。政府は宗教組織に干渉せず、特定の宗教を優遇しないというものです。ところが近年、公費で賄われているアメリカの公教育において、その原則が骨抜きになりつつあります。

すでに複数の州では、旧約聖書に記されたモーセの十戒の教室内掲示を法律で義務付けようとする動きが進む一方、これを違憲として訴訟を起こす州も出ています。 テキサス州では新たな必読書リストが検討されており、数百万人もの公立学校の児童生徒に、聖書の一節を必修科目として読ませることが暫定承認されました。このリストからはヒスパニック系や黒人著者の作品はほぼ排除されており、多様性の欠如は異常とも言えるレベルです。特に、ヒスパニック系住民が最も多くを占めるテキサス州において、こうした露骨な排除は極めて深刻な問題です。 

多様性なき新たな入試試験への疑問

こうした変化に加え、保守的な州だけでなく国防総省までもが後押ししているのが、新たな大学入試試験「CLT(クラシック・ラーニング・テスト)」です。もともとCLTは、既存の試験は宗教や伝統的な価値観を軽視しすぎだという批判から生まれました。そこから、古典文学や哲学、歴史的書物からの出題を重視し、思考力を問う内容となっていますが、キリスト教の聖人や神学者の著作が出典に多く含まれており、キリスト教的な偏りがあるという指摘が絶えません。この試験は、アメリカの大学入学選考で広く使われている共通試験ACT®やSAT®と併用されることを想定していますが、多様な宗教的背景を持つ生徒には公平とは言えないという指摘もあり、大学での学びに必要な実力を正確に測れるのかという疑問の声もあります。

偏ったカリキュラムは、生徒たちの将来に大きなハンデをもたらしかねません。歴史教育はすでに西洋中心の価値観で歪められており、たとえばベトナム戦争については授業でほとんど取り上げない、もしくは「アメリカは救世主であった」という一方的な歴史解釈が横行しています 。アメリカ歴史学会で教育学習担当ディレクターを務めるブレンダン・ギリスは、ニューヨーク・タイムズのインタビューで、「中国をはじめとする主要な競合国について何も学んでいない生徒たちが、グローバル経済で勝ち抜いていくのは困難である」と警鐘を鳴らしています。

07〜24年の米国でキリスト教徒と自認する人口の減少を示すグラフ

アメリカでキリスト教徒と自認する成人割合の推移
Credit: Decline of Christianity in the U.S. Has Slowed, May Have Leveled Off, Pew Research Center, Washington, D.C. (February 14, 2025)


多様な視点こそがグローバル社会を生き抜く力

グローバル化の波が気づかぬうちに社会の隅々にまで及ぶ中、歴史的事実への正確な理解と多角的な視点は、教室の中のみならず、職場における相互理解を育むためにも不可欠です。多様性に触れ、未知の世界への見聞を深めることでイノベーションを呼び込み、グローバルな環境でより高い成果を上げられるチームが育ちます。

しかし、今回のような教育の後退は、次世代を誤った方向へと導き、これまで格差是正のために積み上げてきた進歩を台無しにしてしまうおそれがあります。 一例を挙げると、STEM(理工系分野)に進む男女の差は解消の方向にありましたが、コロナ禍を経て再び拡大しました。その背景には、STEM分野の多様性促進助成金を400件以上削減するなど、多様性の推進どころかむしろ逆行するアメリカの教育の実態があります。 それが女性のロールモデルの減少につながり、理工系分野を「自分には関係ない世界」と感じてしまう女子生徒が再び増えることで、将来の選択肢を自ずと狭める結果を招いています。

グローバルな視点で世界を知り、多様な環境で力を発揮できる人材が育ってこそ、イノベーションは生まれます。国や文化が複雑に絡み合い、切り離すことのできない現代社会においては、画一的な発想の枠を超えることが、時代に柔軟に対応できる力となります。多様性を育む教育こそが、誰もが力を発揮できる未来への確かな第一歩なのです。 

聖書を含むテキサス州の新しい承認読書リストの複数の本

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)


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