2025年11月、音楽アーティストのザニア・モネ(Xania Monet)は、シングル曲「How Was I Supposed to Know?」で、ラジオ放送回数に基づくBillboard Adult R&B Airplayチャートで30位に初登場しました。この年にチャート入りした他の103曲との決定的な違いは、彼女が実在の人間ではなく、バーチャルのAIアーティストである点です。ザニア・モネは、クリエイターのテリーシャ・ジョーンズ(Telisha Jones)がAI音楽生成プラットフォーム「Suno」を用いて生み出した存在で、R&B調の楽曲を特徴としています。AIアーティストがオンライン上で注目を集めること自体は珍しくありませんが、デビュー曲がいきなりチャート入りしたことで、AI生成アートをめぐる倫理的な議論がこれまで以上に広がりそうです。
AIアーティストの「100万回再生」が突きつける危機感
現在、ミュージシャンが音楽配信のみで生計が立てられる目安は「月間100万回再生」とされています。2021年時点で、この水準に達したミュージシャンは全体の0.4%未満に過ぎませんでした。しかし、ザニア・モネは活動開始からわずか数か月で月間100万回再生を達成し、アメリカの大手音楽レーベル「Hallwood Media」と300万ドル規模の大型契約を結ぶまでになりました。
従来、新人アーティストが成功をつかむには、長年の努力と運の要素が不可欠でした。音楽業界向けデータサービス「Chartmetric」によると、2024年に新たに登録された約130万人のアーティストのうち、世界配信数で上位35,000位に入れたのはわずか0.05%。一方で87.6%のアーティストの楽曲は埋もれたままです。人間のアーティストが苦労して1曲書き上げ録音する間に、AIは完成度の高い楽曲を何十曲も生成できます。音楽業界全体でAIコンテンツに依存する傾向が強まる中、実在のアーティストの存在意義を揺るがしかねない状況が広がっています。

人口比を上回る、音楽レーベル契約アーティストの黒人比率
Data: USC Annenberg and Facts About the U.S. Black Population, Pew Research Center, Washington, D.C. (January 23, 2025)
黒人音楽をめぐるデジタルブラックフェイスの歴史
こうしたテクノロジーの変化の影響を最初に受けるのは、往々にしていつもマイノリティの人々です。ザニア・モネの成功は、黒人女性たちが築いてきたR&Bという音楽ジャンルに内在する問題を、改めて浮き彫りにしています。ザニア・モネは黒人女性の設定ですが、実際のアーティストを育成するのとは違い、黒人音楽のイメージやサウンドだけを利用して利益を生み出す仕組みで成り立っています。この点では、黒人たちの文化や表現だけをデジタル上で模倣し利用する「デジタルブラックフェイス」とも言えるでしょう。
「ブラックフェイス」とは、19世紀のアメリカで白人が顔を黒く塗り、黒人を誇張した姿で演じた表現手法を指します。黒人の文化や外見を娯楽として消費する一方で、黒人を社会から排除してきた歴史があり、現在では差別的な行為とされています。例えば、ロックンロールやジャズといった音楽ジャンルは黒人コミュニティから生まれましたが、エルヴィス・プレスリーやポール・ホワイトマンのような白人アーティストたちによって、別の姿に作り変えられてきました。そして、本来の創り手である黒人たちは、活躍の舞台から長い間遠ざけられてきたのです。
黒人女性がその発展に大きく寄与したR&B市場において、ステレオタイプに沿って設計されたAIアーティストは、新たな才能の台頭を妨げ、「成功するアーティスト像」を一層固定化させます。そして、そのイメージから外れる人々にとって、業界への道はますます狭いものになっていきます。さらに問題なのは、AIはゼロから新しい音楽を創造しているのではなく、既に存在する音楽や表現をもとに作り替えているだけだという事実です。私たちが、ザニア・モネのようなAIアーティストのヒットを当然のように受け入れれば、人間のアーティストを押し退けるだけではなく、芸術や文化の発展を妨げ、新しい曲調やジャンルの誕生をも遮ってしまうことにつながります。
音楽配信企業がAIをプレイリストに入れる理由
実際、市場にはAIアーティストが売れる仕組みが既に整いつつあります。Spotifyをはじめとする音楽配信サービスでは、キュレーションされたプレイリストに楽曲が入るか否かで、多くのリスナーに届くかどうかが大きく左右されます。研究によると、楽曲がAI生成であることが分かると、リスナーの評価が下がる傾向が見られます。その上でSpotifyは、AI生成楽曲であることを今も明確に表示していません。これは、Spotifyというプラットフォームが楽曲配信で利益を得ていることを考えると、非常に不誠実な対応です。既に「おすすめプレイリスト」にはAIの楽曲が入り始めており、今後それがいつの間にか増えていくことで、Spotifyは音楽レーベルや実在のアーティストへのロイヤリティ支払いを抑えることが可能になります。その一方で、ユーザーはAIによる音楽だと知らないまま、再生を重ねてしまう状況が生まれています。
ザニア・モネのチャートデビューは、音楽業界が直面する大きな分岐点です。コスト削減の手段としてAIアーティストを積極的に受け入れれば、人種やジェンダー、機会をめぐる格差はさらに広がり、音楽業界の多様性は表面的なものにとどまるでしょう。AIは、無名の新進アーティストにとっては有効なツールになり得ます。しかし、業界の公正な未来のためには、プラットフォーム側が透明性を確保し、リスナーが十分な情報をもとに選択できる環境が不可欠です。そして音楽業界は、AIによって置き換えられつつある実在のアーティスト、特に長年不遇を味わってきたマイノリティが、正当に評価される仕組みへと投資の方向を改める必要があります。問われているのは、AIアーティストを受け入れるかどうかではありません。これまで業界に根付いてきた不公平が、AIにより更に拡大させることを、私たちは容認するのかという点なのです。

ゲストライター Z. Dangによる寄稿
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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