Credit: Elvert Barnes, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
「she」といえば女性、「he」といえば男性。英語では、このように代名詞によってジェンダーが自然と特定されます。出生時の性と性自認が一致するシスジェンダーの人々にとっては、男女という典型的な二元的ジェンダーを基本に、人称代名詞である「she」もしくは「he」を使うのが一般的です。これに対し、出生時の性と性自認が異なる人はトランスジェンダー、自分のジェンダーを男女どちらか一方に当てはめない人はノンバイナリーと呼ばれます。彼らの36%もまた、「she」または「he」といった人称代名詞を使い、トランス女性は通常she/herを、トランス男性はhe/himを使います。しかし、代名詞に自身のジェンダーアイデンティティを反映させる人が多い一方で、ジェンダーとは必ずしも一致しないケースがあることも理解しておくことが重要です。
こうした時代の流れを映すかのように、英語圏には現在、自らのアイデンティティや性自認を示すために、SNSのプロフィール欄やビジネスメールの署名に「she/her」や「he/him」といった「希望する代名詞」を明記し、周囲にもその代名詞で呼ぶように促す自己表現の文化が定着しています。代名詞は単なる文法上の記号ではなく、その人のジェンダーを表現する重要なツールなのです。
人称代名詞が語るジェンダーの多様性
レズビアンのコミュニティには、複雑で奥深いジェンダー観があり、そのため代名詞の使い方も昔から多様でした。he/himを使い、男性的な存在として扱われることを望むレズビアンは以前からレズビアンコミュニティに存在していましたが、女性であり、レズビアンである人が男性を指す「he/him」という代名詞を使う、という概念は一般的にはなかなか理解しがたいものです。
伝統的に男性的な服装や振る舞いをする「ブッチ(Butch)」と呼ばれるレズビアンなど、一部の当事者は、男性的な代名詞(he/him)や、「夫(husband)」「ボーイフレンド(boyfriend)」といった呼称を好んで使います。また、自らの男性性に心地よさを覚えるトランスレズビアンやノンバイナリーレズビアンも「he/him」を選択することがあります。多くの当事者にとって、男性的なジェンダー表現は言葉の枠を超えたものであり、ブッチ、トランス、ノンバイナリーレズビアンの中には、ホルモン療法や乳房切除手術の実施にまで踏み切る人も少なくありません。

トランスジェンダー、ノンバイナリーの若者が使う代名詞の割合 Data via The Trevor Project
隠語が守ったレズビアンの日常
過去の歴史において、男性的な代名詞や呼称を使うことは、レズビアン、特にブッチ・レズビアンにとって、自分たちの身を守るための策でした。19世紀には、性別とは違う服装を禁じる「マスカレード法(Masquerade Laws)」が制定され、異性装だけでなく、その姿をさらに誇張してパフォーマンスを行うドラァグも違法とされました。それに加え、同性愛、特に男性同士の関係は犯罪とされ、社会的な制裁を受けていた時代です。同性愛者だと見抜かれれば、社会的な制裁を受ける危険があり、男性的な代名詞や呼称を使うことは、その過酷な監視の目を欺くための自己防衛策でした。
こうした抑圧をかいくぐるため、ニューヨーク・ハーレムの黒人レズビアンたちは、独自の隠語を生み出しました。人前でパートナーシップについて話す際、互いを「Mama」「Papa」と呼び合ったのです。そうすることで、同性のパートナーとの会話も、周囲には親の話をしているように聞こえ、同性愛者だと気づかれずに済みました。
ニューオーリンズ出身の歌手でありドラァグキングでもあったストーメ・デラヴェリーは、アメリカ初のドラァグショーの一座ジュエル・ボックス・レビューで活躍したブッチ・レズビアンです。彼女は、LGBTQ+権利運動の転換点となった、1969年のストーンウォール暴動の引き金を引いた人物とも言われており、敬意を込めて「ストーンウォール・レズビアン」とも呼ばれるようになりました。ドラァグキングであることを理由に度々逮捕された経験から、デラヴェリーは舞台以外の日常生活でも男性的な服装を貫くようになり、さらにhe/himやthey/themなど、複数の人称代名詞を用いていました。アメリカ人アーティストのミシェル・ザロパニーは、あるインタビューの中で、「デラヴェリーは自分を特定のカテゴリーに当てはめることなく、純粋に一人の黒人男性としてその生涯を送った人物」と語っています。

男装のストーメ・デラヴェリー
Credit: Schomburg Digital Collections, New York Public Library Colorized by Eli Erlick, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons
代名詞は自分らしさの表現手段
ネオプロナウン(Neopronouns)とは、he/she/theyといった既存の代名詞にとらわれない、新たに作られた人称代名詞を意味します。例えば「ze/zir」は、男女を区別しない代名詞であり、he/him、she/herの代わりに使われます。性別二元論にとらわれない表現や、自身のジェンダーアイデンティティをより正確に表現することを可能にします。
トランスジェンダーの活動家であり、小説「ストーン・ブッチ・ブルース」の著者であるレスリー・ファインバーグも、独自の代名詞を使ったレズビアンの一人です。普段の生活でもネオプロナウンを使い、時にhe/himを使うこともあったと、アメリカのLGBTQ+専門メディアThem誌の記事「He/Himレズビアンの歴史」に記されています。
ファインバーグは作品の中で、トランスであること、そしてジェンダーの型にとらわれない生き方が、レズビアンコミュニティの中でどのように位置づけられるかを描きました。思想家としても活動したファインバーグは、マルクス主義に基づく「トランスジェンダーの解放」という概念を発展させ、「ストーン・ブッチ・ブルース」をはじめとする数々の作品は、トランスジェンダーや性別二元論に当てはまらない人々の存在を、社会に広く知らしめるきっかけとなりました。その生き方と作品は、ジェンダー表現と性自認がいかに複雑に交差し得るかを物語っています。
多様なジェンダー表現を認め合うために
レズビアンは、長年にわたりジェンダー規範に異を唱え、女性らしさという固定観念を超えた自由な自己表現を追求してきました。レズビアンコミュニティを長く築き上げてきたのは、黒人やトランスジェンダーのレズビアンたちであり、彼女たちはこれまで、さまざまなジェンダー表現を模索し続けてきました。「女性はドレス、男性はズボン」といった話だけが、ジェンダー表現とは限らないのです。
多くのレズビアンにとって、男女という性別二元論にとらわれないことは、社会への反抗の意思表示ではなく、ありのままに生きるための選択です。代名詞の使い方一つにも、こうした思いが込められていることを多数派の人々が理解できたなら、男女の枠を越えて生きる人々を受け入れる動きは、これからさらに広がっていくはずです。

Credit: Equality Michigan via the LGBT Free Media Collective, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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