先進国の中でアメリカは妊婦の死亡率が最も高く、驚くべきことに、その80%以上は本来であれば救命可能だったとされています。この高い死亡率の背景には、アフリカ系アメリカ人の妊婦の死亡数が著しく多いことが大きく影響しており、白人の妊婦と比べて、妊娠や出産に伴う合併症で死亡するリスクは2〜3倍にも上ります。CDC(米国疾病予防管理センター)は、この深刻な状況を、アメリカにおける最も重大な公衆衛生上の格差の一つと位置づけています。
ではなぜアメリカでは、黒人の妊婦がこれほどまでに高いリスクにさらされているのでしょうか。実は、黒人女性が出産時に感じた不調や訴えが医療現場で軽視されるケースが非常に多く、それが原因で死亡に至る事例も少なくありません。このことは、アメリカ全体にとって深刻な公衆衛生の課題となっています。また、科学や医療の分野で人種分類を過度に重視する姿勢は、黒人の母親たちに対する誤解や偏見を助長する要因となっています。その一方で、社会経済的要因や環境ストレス、制度的な人種差別といった他の重要な要素は、研究においてしばしば見落とされがちです。

アメリカにおける人種・民族別の妊産婦死亡率(2018-2023)
Credit: Statista
経済的な裕福さとは無関係の格差
しかし、金銭的に余裕がある家族であっても、黒人の母親やその子どもたちがこの深刻な差別と無関係でいられるとは限りません。たとえ最高水準の医療や保険を利用できる立場にあっても、黒人女性が妊娠・出産に伴って死亡するリスクは依然として高いのです。実際、貧困層の白人女性よりも、裕福で高学歴な黒人女性のほうが、出産中あるいは出産後1年以内に死亡する確率が高いという事実が明らかになっています。
多くの黒人女性が出産で経験する差別と恐怖
ある研究では、妊婦の死亡原因として統計上第2位に挙げられる妊娠高血圧症候群について、黒人女性がこの病気にかかりやすい理由が検証されました。海外とアメリカ国内の研究結果を比較しながら、人種分類の恣意性に問題がないのかという視点からも考察が行われました。結論として、黒人女性におけるこの傾向は生物学的な違いによるものではなく、むしろ出産に至るまでの妊婦健診や分娩時における、無意識的あるいは意図的な偏見に基づいた対応が主な原因とされています。そうした対応が、診断の遅れや痛みの軽視、不適切な治療などにつながっているというのです。
「Science Direct 」という科学技術や医学分野の学術論文を提供するオンラインデータベースに掲載された研究では、さまざまな経済状況や学歴を持つ黒人女性たちが出産時に経験した出来事がリスト化されています。その中には、非常に深刻で恐ろしいケースも含まれていました。たとえばある女性のケースでは、出産前に激しい痛みに襲われ病院を訪れたものの、「特に異常は認められないので帰宅してよい」と告げられたといいます。彼女はそれから間もなく病院内で出血し始め、ようやくその深刻さが認識されることになります。結果的に、彼女は胎盤剥離を起こしていたことが判明し、もし病院の指示通りに帰宅していたら、母子ともに命の危険にさらされていたということです。
医療における人種差別解消のために
ジョンズ・ホプキンズ大学のアナリーズ・ウィニー氏とレイチェル・バーベル氏は、黒人女性の妊産婦死亡を防ぐためには、ドゥーラや助産師の活用を拡大すること、そして母親の死亡リスクが特に高い、「出産後1年間」にわたり母子に対するMedicaid(アメリカの低所得者向け公的医療保険制度)の保険を適用すべきだと提案しています。この「ドゥーラ」とは、出産前後の母親に寄り添い、医療スタッフとの橋渡しや家事育児の支援を行う専門のスタッフで、近年その重要性が注目されている存在です。また、Medicaidによる出産後の保険適用期間はこれまで出産後60日間とされていましたが、現在は1年間に拡大している州もあり、対応はまちまちです。このような背景のもと、黒人の妊婦の約65%がMedicaidに頼らざるを得ないことを踏まえると、最近のMedicaid予算削減案は、ただでさえ限られた支援体制をさらに脅かすものです。さらにウィニー氏とバーベル氏は、アメリカ国内での有給育児休暇の拡充についても提言しています。この制度がより広く普及すれば、母親の出産後の体調回復や精神的な安定に良い影響が期待できるためです。
医療業界において真に公平な未来を実現するためには、医療のあり方を根本から見直し、黒人女性に対する根深い人種差別や不平等な固定観念を取り払っていくことが大切です。すべての妊婦には、人種や経済状況にかかわらず、安全で健康に配慮された出産と、出産前後にしっかりしたケアを受ける権利があります。人生の中で、最も喜ばしいはずの妊娠と出産が、命の危険にさらされる恐怖に変わるようなことがあってはならないのです。

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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