オーバーツーリズムに苦しむ世界の観光地|旅行客と地域の共生戦略

古代の聖地巡礼から現代のバカンスに至るまで、観光は地域経済を支え、人々に異文化との触れあいや、一生に一度となるような貴重な体験をもたらしてきました。しかし、旅行客の数が観光地のキャパシティを超える「オーバーツーリズム(Overtourism)」が深刻な問題となっており、現地社会に大きな影響を及ぼしています。大挙して訪れる観光客によって環境が壊され、資源やインフラが圧迫されるだけでなく、観光地化や再開発が進むことで地元の住民が住み続けられなくなるケースも少なくありません。こうした現象はいわゆる「ジェントリフィケーション」と呼ばれ、富裕層の流入や観光客を対象とした開発が進むことで、もともとそこに暮らしていた低所得層や地元住民が住みにくくなることを指します。こうして街は、「観光客の遊び場」へと変えられてしまうのです。

歴史ある街が観光地に変えられていく

ジェントリフィケーションによる住民の追い出しは、オーバーツーリズムがもたらす社会的影響の最たる例といえるでしょう。たとえばイタリアのヴェネチアでは、シーズンに関係なく観光客が増加し、一般住宅やマンションが次々と、観光客向けの短期宿泊施設であるバケーションレンタルに転用されています。その結果、低所得層やマイノリティが暮らしてきた地域で家賃が大幅に高騰し、地元住民が住み続けられなくなる事態が広がっています。

現在、ヴェネチアの歴史的中心部に住む地元住民は5万人を下回り、街の多くの空間が観光客向けの施設に変わっています。バルセロナやカナリア諸島では、「観光公害」に対する抗議デモが頻発しており、住民たちは増え続ける観光客によって自分たちの住まいが奪われていると、悲痛な声を上げています。

住宅問題にとどまらず、こうした場所では文化的な摩擦も起きています。京都では、観光客による迷惑行為が相次いだため、芸妓の花街の一部は立ち入り禁止となりました。ニューヨークのハーレムでは、多彩な音楽や芸術を育んできた黒人コミュニティが観光開発によって姿を変え、黒人経営の昔ながらの個性的な店が次々と閉業に追い込まれました。かつて文化的拠点として知られた地域から、地元住民が追い出されているのです。これらの事例は、観光客の数をコントロールしない限り、その土地に根付いた文化そのものが失われてしまう危険性を示唆しています。

ピクトグラムを使って迷惑行為を注意喚起する京都の標識

観光客向けに禁止行為が描かれた京都の立て看板
Credit: Indiana jo, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

オーバーツーリズムによる環境破壊と地域社会への負担

観光客の増加に伴い交通量も増え、大気や水質の汚染も加速し、環境や生態系にも深刻な影響が出ています。タイでは、船舶や排水の影響でサンゴ礁が破壊され、バンコクでは大気汚染の悪化により数百校もの学校が休校を余儀なくされました。世界遺産であるペルーのマチュピチュでは、観光客が大量のゴミを散乱させ、無造作に遺跡の散策路を踏み荒らしたことで道の形が崩れ、そこに自生する在来植物が大きなダメージを受けています。

このように、観光客が多過ぎることも問題ですが、逆に全くいなくなることも問題です。新型コロナの影響で世界中の人や物資の移動が止まった際、観光地は経済的な大打撃を受けました。推計によれば、2020年の世界の観光市場は約4兆5,000億ドルの損失となり、6,200万人もの雇用が失われたといいます。インドネシアのバリ島のように、経済の大部分を観光に依存する地域では、旅行客が途絶えたことで、多くの家庭が厳しい生活を強いられました。

ただし、観光が自粛されたことで、自然環境にとってはプラス面もありました。人の移動と交通量が減り、温室効果ガスなどの汚染物質の排出が減少し、その結果、世界的に大気汚染が改善されたのです。タイのサンゴ礁や魚の個体数も回復の兆しを見せ、地球規模で自然が癒される、まさに回復の時間となりました。

観光を管理し多様性と共生できる未来へ

これからの観光のあり方は、旅行客と地域住民が折り合いをつけ、共生できるかどうかにかかっています。そのためには、そこで暮らす住民の住まいを守り、観光収益を地域に還元し、環境汚染や廃棄物を減らす仕組みが必要です。実際、各地でそのような取り組みが始まっています。ヴェネチアでは主要観光エリアへの入場料が導入され、マチュピチュギリシャの遺跡では入場者数を制限するため、チケット購入時に訪問時間を指定する制度が取り入れられました。ニューヨークやクロアチアのドブロヴニクでは、Airbnbなどの短期賃貸の数を制限したり、大型クルーズ船の入港数を規制するなどして、住宅価格の高騰や交通、インフラへの負担を抑えようとしています。

マチュピチュに観光客が集まっている

マチュピチュを訪れる多くの観光客
Credit: Marrovi, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

そして観光客自身も、自分の行動に責任を持つことが求められます。大手チェーンではなく、地元の小さな個人店を利用することも地域貢献のひとつです。また、混雑する観光地を避けるためオフシーズンに訪れたり、あまり知られていない場所を訪問するのも良い選択です。文化をただ消費するのではなく、敬意を持って地域の人々と接し、配慮すること。そうすることで、その土地の伝統を守りながら、地元の人々が観光による恩恵を享受できるようになります。

さらに、観光ビジネスが住民や環境に配慮される形で運営されれば、地域経済に確かな貢献をもたらし、旅行客も現地の多様な文化を存分に味わうことができます。地域の暮らしを脅かすことなく、現地の魅力の一部でもある人々と交流を育むことこそが、旅の醍醐味。双方に幸せをもたらす配慮が、これからも観光を持続可能とする確かな礎となるのです。

女性旅行者が橋の欄干越しに見ながらパンフレットを手にしている

ゲストライター E. Takamuraによる寄稿

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)


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