アルゼンチン、性差のない「包括的言語」禁止で論争

2024年2月、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が、公式文書および行政活動において性差のない包括的な言語(性別、年齢、人種、障がい、宗教などで特定グループを排除しないよう配慮した中立な言葉や表現)を禁止しました。この決定によりアルゼンチンでは激しい議論が勃発し、ジェンダー問題に対する現政権のスタンスに世界中から注目が集まりました。この禁止措置では、特に国家行政全体において包括的な言語(インクルーシブ・ランゲージ)を使うこと、そしてジェンダー視点(性別による固定的観念、偏見は社会により作られたものという考え)で物を言うことについて厳しく禁止されていることが特徴です。

スペイン語の包括的な言語・表現とは

スペイン語の名詞、形容詞、冠詞、代名詞には性別があることをご存じでしょうか。そのため、スペイン語における包括的な言語は、品詞レベルから性差を排除することを目的としています。例外はあるものの、一般的にスペイン語では女性形の語尾が「a」に、男性形の語尾は「o」になるのが普通です。スペイン語には昔から、性別の無い中立的な言葉はありません。「人々」というまとまりを指す場合には、男性形が使われます。

言葉から性別を外し、全ての人にとって心地よいとする包括的な言語は、新しいジェンダー・アイデンティティ(性自認)への意識の高まりから生まれました。そして徐々に、人々が日常的に使う表現も大きく変わってきています。例えば、従来ではラテン系の人々を表す場合に、男性には「Latino(ラティーノ)」、女性には「Latina(ラティーナ)」と、性別によって言葉自体が使い分けられてきました。が、最近ではラテン系の人々を性差なくまとめて「Latinx(ラティンクス)」や「Latines(ラティーネス)」と呼ぶことも多くなってきています。これまで男性形の語尾には「o」、女性形には「a」を付けて区別してきたものを「e」に変えて包括性を持たせたり、「x」や「@」に変えるなどの手法も見られます。このように、言葉から性差を排除した様々な包括的な言語が、時代の流れと共に作り出されるようになりました。

ミレイ大統領の主義と政策

ハビエル・ミレイ大統領は経済学者の出身。「小さな政府」を志向する自称アナルコ・キャピタリスト(無政府資本主義者)であり、リバタリアン(自由至上主義者)です。彼は2023年12月に就任後、包括的な言語を「左翼による洗脳」として断固反対の立場をとり、公費削減の一環で「女性・ジェンダー・多様性省」などいくつかの省庁を閉鎖する政策を推進してきました。包括的な言語の使用禁止令はマニュエル・アドルニ政府報道官により発表され、公式文書への「e」、「@」、「x」の使用は禁止。また女性形の使用は必要最低限に留めるとの通達でした。

アドルニ報道官はまた、国内で公式に使用すべき言語は従来からのスペイン語(カスティーリャ語、性差の区別がある)だと述べ、この禁止令を強く支持しました。しかしこういった動きはアルゼンチンのみならず、包括的な言語に対する一般的な議論でもあります。従来からの公用語である言語(アルゼンチンではスペイン語)をこれまで通り守るべきで、包括的な言語に合わせて変更すべきではないという考えです。しかしながら、様々な世界の言語は、常に時代と共に変遷してきたことを忘れてはなりません。多様性を排除し、既存の「性差のある言葉」に固執する政策は、社会的・文化的背景に合わせて変遷する言語の性格を十分理解していないのではないかと思うのです。

アルゼンチンにおけるジェンダー政治の背景と歴史

近年アルゼンチンでは、男女平等、LGBTQ+の権利、フェミニズム、性差別や暴力の問題等の「ジェンダー政治」が論議の焦点となっています。それらを禁止する法律や禁止令なども施行されてきました。2021年には世界で初めて、パスポートや公式文書の性別欄に、一般的なF(女性)とM(男性)の代わりに「X」を使用することが認められました。しかし翌2022年には、ブエノスアイレス市限定ではあったものの、学校での包括的な言語使用を禁止する法案が可決。続いて2024年2月、アルゼンチン国防省は同省の公式通信において「o」や「a」を「e」に変更、使用することを禁止しました。

包括的な言語禁止の措置は、世界的な潮流から離れ、保守的な考えに進みつつあるアルゼンチンを象徴しています。そしてこの決定は、公費削減やジェンダーと多様性の問題といった大きな政策再構築の一部に過ぎないこと。またアルゼンチンが進歩的な政策に舵を切ったほんの数年後に起きたことにも、非常に考えさせられます。今後アルゼンチンと同じような「揺り戻し」が他の国でも起こるかもしれないとの憂慮を、私たちは抱いています。

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)


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