シンガポールには、ホーカーセンターと呼ばれる、手頃な価格でローカルフードを楽しめる屋外型のフードコートが数多くあります。私がシンガポールに住み始めて間もない頃、そこで最初に目に留まったのは料理ではなく、使われていたトレイや食器でした。
なぜか自分には友人とは違う色のトレイが出されたり、店によっては同じ種類の食器が別々に保管されていました。また、当時の私には見慣れない小さなマークやラベルが付けられていることもよくあり、それらにはきっと何か決まったルールがあるのだろうと感じていました。
ハラールの本当の意味を知る
やがて時間が経つにつれて、色が異なる食器やトレイは、ハラールフードの取り扱いに関係があることが分かってきました。シンガポールに来る前の私は、「ハラール(Halal)」といえば、豚肉やアルコールが禁止されているといった程度の理解しかありませんでした。しかしアラビア語で「許されたもの」を意味するハラールの定義は、想像以上に幅広いものです。ムスリムの友人たちによると、食品の調達から調理に至るまで、イスラム法に基づいた細かな決まりがあります。家畜の食肉処理方法や食材の調達ルート、保管方法、さらに禁止されている食材との接触を防ぐための調理器具の扱いに至るまで、その内容は多岐にわたります。また、実際には食品についてだけではなく、ムスリムの日常生活のあらゆる場面に関わることが含まれます。

Credit: アジア圏で際立つシンガポールの宗教多様性 In Singapore, religious diversity and tolerance go hand in hand, Pew Research Center, Washington, D.C. (October 6, 2023)
見えない安心を支える仕組み
ハラール認証とは、製品やサービスがイスラム法において許されたもの(ハラール)であることを、第三者機関が証明する仕組みです。シンガポールにおけるハラール認証は、シンガポール・イスラム宗教評議会(Majlis Ugama Islam Singapura)が管轄しており、事業者に対して詳細な基準が定められています。食材の調達方法、食品の取り扱い工程、厨房での衛生管理、器具の使い分けといった細かい要件が含まれます。こうした基準によって、ムスリムの人々が外食をする際、そのレストランが安心して利用できる店かどうかを自ら確認する必要がなくなります。また、シンガポール食品庁が宗教団体と連携し、飲食店やスーパーマーケット全体で食品の安全性や表示基準の順守を徹底していることも、この信頼感をさらに高めています。
こうした配慮は日常的な食事環境の一部として組み込まれていますが、課題がないわけではありません。たとえばシンガポールでは、ハラール認証を受けていない店が「No Pork No Lard(豚肉およびラード不使用)」といった表示を掲げる状況をめぐり、議論が続いています。これは豚肉やラードを使っていないことを示すものですが、ハラールとの違いが明確でないため混乱が生じています。
このような紛らわしい表示は、利用者の安心感を損ないます。食品に関する情報が不確かである場合、本来はサービス提供者が明確に示すべき内容を、ムスリムの人々が自分たちで確認する必要があります。このように、配慮されるべき人に負担を強いる形では、公平性を確保することはできません。
食を通じ痛感する配慮の大切さ
今では、「人と一緒に食事をする」というシンプルな行為に、様々な配慮がなされていることを実感します。食べ物の制限がある人に対しては個別の対応が一般的ですが、多様な人種や民族が暮らすシンガポールでは、食の現場にそうした気づかいがあらかじめ組み込まれている点が大きく異なります。ここでは、すべての食材がハラールの基準を満たしているかを自分で確認したり、食べられないものについて説明したりする必要がありません。
一方で、トレイの色分けや明確なラベル表示だけで、すべてを解決することはできません。それは、そのトレイを使う人たちがラベルの意味に気づき、理解し、尊重することによって、初めて成り立つシステムだからです。特にこうした取り組みに馴染みのない人にとっては、日常の空間をインクルーシブに保つためにどれほどの工夫と心づかいが必要か、つい見過ごしてしまいます。
食の安全や配慮が足りない環境で、人知れず不自由さを抱えながら食事をしている人は少なくありません。最初から「誰もが心地よく過ごせる仕組み」が整っていれば、すべての人が気兼ねなくその場を楽しめるはずです。インクルージョンは、特別なことではありません。それはホーカーセンターのトレーの色分けのように、日常の景色の中に当たり前にある、小さな優しさの積み重ねなのです。

Credit: Ypsilon, CC0, via Wikimedia Commons
ゲストライター A. Oruiによる寄稿
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

DEIに関連する実際のビジネスケースを学び、DEI戦略を活用することで、あなたの組織・チームをより強化する可能性を探ってみませんか。詳しくはこちらをご覧ください。








