Credit: MissLunaRose12, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
近年大きな注目を集めている、「インセル(Incel)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。この言葉は、2018年のトロント(カナダ)、そして2023年にテキサス州(アメリカ)のショッピングモールで起きた銃乱射事件など、痛ましい事件のニュースで耳にすることが多くなってきました。果たして、この「インセル」という言葉はどこから生まれたのでしょうか。そして実際のインセルとは何を意味し、どのような背景や問題があるのでしょうか。
インセルの始まり
インセルとは英語で「意に反した禁欲(involuntary celibate)」を意味する略称で、ネット上のサブカルチャーから生まれた言葉です。自分の思いとは裏腹に性的関係を持てないことや恋愛の失敗を、全て女性のせいだと思い込む一部の男性たちを指します。この思想は近年拡大の勢いを増しており、インターネットによって世界中の多くの男性たちに影響を与えています。
この言葉は元々、意外にも女性によって作られたものでした。カナダ出身のアラナという女性が20代半ばであった1997年に、恋愛相手が見つからず孤独に悩む話をブログに書き始め、その際に「インセル」という造語を生み出しました。アラナは、後のインタビューで、「このインセルという言葉は当初、孤独で性的経験がなかったり、長い間恋愛相手がいなかったりする人々を表現するために作りました。しかし今ではもう、言葉の意味がすっかり変わってしまいました」と答えています。
劣等感を他人に転嫁
現代の「インセル思想」は、失望感や苛立ち、社会に対する不満などと密接な関係があります。「この世の中は全て見た目で決まる」という劣等感に似た思い込みが彼らの思いを一層強くし、社会は見た目によるヒエラルキーに支配されているという考えが出来上がっているのです。このヒエラルキーの頂点には、彼らが「アルファ」と呼ぶ、周囲が憧れるような魅力的な人々がいます。そして最下層には、自分たち「インセル」がいるというわけです。インセルは、きらきらした「アルファ」の女性たちに自分たちが拒絶されたという思いを非常に強く抱いています。そのため、女性全てを逆恨みの対象とし、女性は人間として扱う必要のない、自己中心的で浅はかな存在だと主張します。インセルはまた、女性たちを「ハイパーガミー(hypergamy)」とよばれる「自分より格上の相手と結婚したがる人々」に当てはめ、自分たちの不遇はそんな女性たちに原因があるという極端な考えも持っています。
このような発想や考え方は、YouTube、Reddit、Twitterなどのオンラインツールを通じて広まっており、ミソジニー(女性嫌悪)や暴力コンテンツがネット上に大量に投稿されています。こういった状況が常態化することにより、女性への攻撃的な感情がいつのまにか正当化され、それがエスカレートしてしまう状況となっています。更に、同じように危険な考えを持つメンバー間で連帯感が生まれ、時として現実世界での実際の暴力行為にまで発展しています。

自分より上位の相手を結婚対象とするハイパーガミーを表すイラスト
Credit: YitzhakNat, CC0, via Wikimedia Commons
現実世界における女性への過激な嫌悪
インセルによる犯罪として広く報道されたのは、エリオット・ロジャーという22歳の男性による事件が最初でした。彼はアメリカのカリフォルニア州で6人を殺害し、自らも命を絶ちました。6人を次々と手に掛けた直後、彼は「My twisted world(この歪んだ現実世界)」というタイトルの141ページにわたる声明文をマスコミ各社に送っています。その中で彼は、性的関係が持てない原因は全て女性にあるとし、女性への憎悪を延々と綴っています。「私がこの世界で経験したすべての苦しみは、人類、特に女性によって引き起こされたものだった。」これは、声明文冒頭の一文です。彼の残した長文の中には「インセル」という言葉は登場しませんが、2018年にカナダのトロントで銃乱射事件を起こしたアレック・ミナシアンは、この事件を「インセルによる最初の反乱」と位置づけました。それ以降も、多くのインセルたちがこの流れに追随し、脅迫、暴力行為から殺人に至るまでの様々な犯罪を起こしています。
当初インセルたちのコミュニティは、女性からの拒絶に傷ついた孤独な人々がお互いの気持ちを和らげるための集団でした。しかし、激化した「インセル第2世代」以降、このサブカルチャーは暴力と憎悪を助長する存在へと変わっていきました。この問題解決は容易ではありませんが、現代社会にあふれる孤独や不満はメンタルヘルスにも大きな影響があり、それに対する新たな取り組みが必要なことは確かです。そしてまた、女性嫌悪的な思想に対しても、私たちは強い姿勢で対処しなくてはいけません。今は残念なことに、インターネット上の様々なプラットフォームが、暴力的なコンテンツをネット上で拡散することに都合よく利用されてしまっています。この状況を鑑み、プラットフォームの運営会社は有害コンテンツをしっかり監視し、安全性の確保、特に女性を犯罪から守ることに注力すべきです。犯罪被害者、加害者双方を減らすために、ネット上の管理責任が今、大きく問われています。

トロント銃乱射事件の現場に供えられた献花
Credit: Flibirigit, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)

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