出生主義と産まない選択|中絶禁止法が出生率に与える負の影響

アメリカの大手非営利調査機関Pew Research Centerが2023年に行った調査によると、子どもがいない50歳未満の成人のうち47%が、将来的にも子どもを持つつもりはないと答えました。

これは2021年の調査と比較すると6ポイントの増加です。こうした数字からは「産まない選択」が広がっているように見えますが、実は子どもを持ちたいという根本的な思いは、多くの人の中に依然として存在すると指摘する研究もあります。実際、すでに子どもがいる、あるいは今後持ちたいと考えているアメリカ人は全体の9割に達しているという調査結果もあるのです。それでも、アメリカの人口は減少を続けています。これらのことから、揺れ動く意識と現実とが食い違う、複雑な背景が浮かび上がってきます。

50歳未満で子どもを持つ予定があると答えた人の割合の減少傾向を示すグラフ

子どもを持たないと考える成人(50歳未満)が増加               Credit: The Experiences of U.S. Adults Who Don’t Have Children, Pew Research Center, Washington, D.C. (July 25, 2024)


女性たちが子どもを産まない理由

2024年のアメリカ大統領選挙の後、オンラインメディアBuzzfeedは、女性を対象に「子どもを持つこと」に関する意識調査を行いました。その結果、回答した多くの女性が、子どもは持たないつもり、あるいはすでに子どもがいる場合でも、これ以上産むつもりはないと答えました。その理由はさまざまで、たとえば、住んでいる州で中絶が禁止されていると、妊娠中に合併症が起きても必要な緊急処置が受けられない可能性があります。これは母親と胎児双方にとって大きなリスクであり、自分たちの命が法律によって危険にさらされるという不安から、子どもを持たない選択につながってしまいます。また単純に、保育費を払う余裕がないという経済的理由を挙げる人もおり、この背景にはいくつもの異なる事情があります。

このような女性たちの中には、自分たちがもう持つことはないであろう子どものことや、家庭を築く人生を思い、深い喪失感を抱く人々が多く存在します。彼女たちが感じるこの感情は、はっきりとした死別や喪失とは異なり、形としては見えにくい「曖昧な喪失感(Ambiguous Loss)」と呼ばれます。この言葉は、これまでは主に不妊に悩む女性に関連したものでしたが、今ではあえて子どもを持たない選択をした女性にも広がりを見せています。実際に子どもを失ったわけではないものの、子どもがいないという現実や、持たないという決断が、「何かを失った」と感じさせるのです。そうした背景には、出生主義(Pro-natalism)の台頭があると指摘されています。

この出生主義とは、出生率が高いことを望ましいとする、いわば産むことを推奨するという考え方です。現代アメリカにおいて出生主義の象徴とも言えるコリンズ夫妻は、出産奨励を掲げる団体を立ち上げ、トランプ政権に対して、人々にもっと多くの子どもを持たせるにはどうすればよいかという助言を行ってきました。他の出生主義者たちと同様に、夫妻はアメリカの出生率の低下を危機的状況と捉え、たとえば女性が最も妊娠しやすい年齢やタイミングなど妊娠の仕組みを教えるクラスの普及や、子ども1人につき最大5000ドルの奨励金を、さらには6人以上出産した女性に対して追加の支給を行うといった施策を提案しています。

子供を産むための存在として扱われる女性たち

上述のような施策は、一見魅力的に映るかもしれませんが、子どもを育てることは一生にわたる責任です。たとえ高額であっても、一時金だけでその責任を補えるものではありません。残念ながら出生主義の提案には、保育や教育、職業訓練といった、女性の人生を本質的に支える制度への言及がほとんど見られません。むしろ、子どもを産むだけの存在として扱う社会構造が、強化されているようにも感じられます。日本では、かつて元厚生労働大臣が女性を「産む機械」と言った発言が物議を醸しました。またイランでは、2015年に出生率の低下を懸念した政府が出産奨励キャンペーンを展開し、たくさん子どもを産むことが理想の女性像とされました。これにより、女性たちは母親になることを当然視され、教育や就労の機会よりも家庭に入ることを推奨されるなど、大きな社会的圧力を受けました。こうした事例は、社会や制度が女性を出産の道具と見なしていることの表れだと言えるでしょう。

出産に関する多くの場面で、本来最も重要であるはずの当事者、「女性自身」の存在が軽視されがちです。たとえば産休制度でさえ、母体よりも子どもの健康が優先される傾向があります。アメリカでは、1973年の「ロー対ウェイド判決」により、中絶の権利が全国で認められてきました。しかし2022年、この判例が覆され、妊娠・中絶の可否が州ごとの判断に委ねられるようになりました。その結果、特に黒人女性の間では、妊娠中に合併症が生じた場合に、必要な医療処置を受けられないのではという強い不安が広がっています。

ノーマ・マコービーが89年に最高裁判所前で「中絶を合法のままに」とアピール

1989年、最高裁前に立つノーマ・マコービー(左、通称ジェーン・ロー)と弁護士グロリア・オールレッド(右)
Credit: Lorie Shaull, CC BY 2.0, via Flickr

このような恐れは単なる想像ではなく、すでに現実の問題として起こっています。アドリアナ・スミスのケースは、その象徴とも言える事例です。妊娠中だった彼女は、脳内にできた血栓が原因で今年初めに脳死と判定されました。家族は速やかに生命維持装置を外すことを望みましたが、彼女が妊婦であったことから、それが許されることはありませんでした。ジョージア州の中絶禁止法により、胎児の心拍が確認されている限り、医師たちは装置を外すことを禁じられていたのです。アドリアナは、胎児の心停止が確認される瞬間まで、本人の意思とは関係なくそのまま延命装置につながれ続けました


女性の尊重なしには出生率の回復はない

出生主義は、母親になることをまるで機械的な作業のように捉える傾向があります。女性がたとえ出産の過程で命を落とすような状況でも、子どもを産むことが義務である、そんな価値観すら感じられます。この偏った思想と、出産をめぐる過度な医療的管理によって、女性は医療の自由を奪われ、母性自体がモノのように扱われています。このような現実を目の前にすれば、女性たちが家庭を築く夢から遠ざかっていくのも無理はありません。妊娠から出産、産後に至るすべての過程において、社会から十分な支援や保護が得られないというのに、女性だけがそのリスクを一方的に負わされるのは、到底納得できる話ではありません。今こそ、出産や母であることの意味について、私たち自身の捉え方を根本から見直すときです。女性一人ひとりの存在を尊重し、最優先に考えること。それこそが、私たち全員の責務なのです。

(こちらは英語による執筆記事の日本語訳です。是非、オリジナル英語版もご覧ください。)


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